大まかに二つの作品について(2)

大雨だと サースー(それから) えちごさけだま(玉をつくり終えた)
The big storm came here. And then, I’m making the ball.

 新潟が大雨で大変な事になっている。
私はずっと東京のテレビでその風景を見ていた。
新潟のたくさんの家や田んぼ、ビニールハウスが水に浸っていた。
次の日、そのような状況を知りながらも、私は妻有に向かった。
その日はほくほく線も大雨の影響で走っておらずの状態だった。
しかたなく乗ったタクシー。
そこから見える景色の中に土砂崩れがいくつもあった。
濃い緑の中にぼこっと空いた茶色の十円はげ。

翌日、私はその土砂崩れで倒れていた杉の木を集めてきて、そして、玉を作った。
自分の抜け落ちた毛で作品を作るように、私は酒蔵でよく見かける杉玉をこさえた。
お酒の神様への神具。
このように木の葉を使用し、季節の変化を祝う行為は日本だけではなく世界各国にある。
決して特殊なものではないが、自分の一番身近な日本人の行為をやってみる。
いまあった、妻有での大雨の経験を通して作ってみる。

極楽をいづくのほどと思ひしに 杉葉立てたる又六が門   (一休)

「極楽の道は、決して遠いところにあるのではなくて、近いところに、むしろ我が心のうちにあるものだ。
例えば、酒屋で酒をのんで陶然となったときのよい心持ち、そこに極楽がある。」

杉玉に関する一句である。
これを、かまぼこ倉庫の背後にある遠い杉林を遠い極楽、倉庫内にある杉玉を近景として楽しむスポットが三つ目のかまぼこ倉庫にある。

大まかに二つの作品について(2)
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