大まかに二つの作品について(1)

私は妻有の人々の営み、生活を賛美しようと思う。
それは私自身がこの妻有の人々の営みの中でも、自然の中でも、その場に向かい合い、享受する姿を表すことで始まって、つながってくると思っている。人から、民話、昔話、物質、場から、混乱しながらも身体に注入、浸透していかせる。

そして、もう一つ、展示場として受け入れなければいけないのが、かまぼこ倉庫という建物。
この倉庫は自然のなかにある人工物だが、これは普通のビル内にある展示会場とは違って、いつも背後にはいつも自然がある。
せっかくある、この要素、人工と自然の間で行き来するやりとりを今回は両方の作品で意識してみる。

姉御の屁屋 The fart room for a woman.

民話「屁こき嫁」では姉さの屁の力で米俵でも何でも吹き飛ぶ。
話しによっては、あねさが気楽に屁をする一室を作ってもらい、それが屁屋(部屋)と呼ばれるようになったと語るものもある。
それから、今、姉さは褒美のお米とともに妻有松代の農舞台の近くにある、いくつか並んでいるかまぼこ型の倉庫の一つを屁屋として間借りしている。
それは二つ目の倉庫だったかもしれない。
はたして、米袋に米がつまっているのか、米に見せかけた何かが詰まっているのかは知らないが。

屁っこき姉さ
昔あったと。
あるとこのお嫁さんが、まあ、屁っこきで屁っこきで、どうしようもねがったと。
そして、ある日、その嫁さんが、
「婆さばさ。おれこれから屁こくすけ、炉縁にしっかりつかまっててくんねかい」
そったと。
そおして婆さ「屁こくすけ、飛ばされちゃなんね」と思って、しっかりつかまってたら、嫁さんがぶうーっと屁こき出したと。
そおしたらその屁がものすごくまあ、ずい分でっけえ屁で、ふうーっと婆さ、立って天井べりへ貼りついちゃったと。
さあ、まあ困ったってがでもって、婆さこう待ってると、
「おれが今、すき屁こくすけ、もう一刻待ってくれろ」
そったと。そんで嫁さんがまあ、また、すうーっとすき屁こいたら、婆さんすうーっと下の方へ下りて来たと。
そいで、まあ「すっけ屁こきな嫁さん、家居てもらっちゃ困る」と、そう言うことで嫁さんな、こんだ出てかぁと。
 嫁さが実家にかえるとき、
米俵が重たくって動けない船があった。風が止んで全く船が出なかった。
嫁さが「おらなら屁一つで出せるでよ」
船頭が「いい加減なこというな、そんな事したらこの米俵何俵でもやるわい」と言った。
姉御はくるっと裾を巻くってブアーっとものすごい屁をした。
船はあれよあれよ言う間に沖へ出て行った。
ところが船頭たちは約束のものを渡さずに逃げて行った。
怒った嫁さは今度はひき屁をはなった。
あっと言う間に米俵は岸に戻ってきた。
そうしたら、あんさが、
「こっけいなので、褒美もらってられれば、何事もまた、こういうことがあるすけ、こら、戻さんねえ」
ってがでもって、また、家へ戻って来たと。
そういう話がある。
いちごさけた。

大まかに二つの作品について(1)
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